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深刻な韓国経済の成長鈍化と採用動向
若者の社会参加への遅れが生み出す「カンガルー族」も増加傾向に

大韓民国

製造業不振の影響を受け、韓国での雇用冷え込みが深刻化している。雇用労働省が発表した「2025年7月雇用行政統計」によれば、7月の求職者1人当たり求人数は0.40件で、1999年以来26年ぶりの最低水準を記録しているという。また韓国の採用市場は独自の課題を抱えており、それゆえの人材採用の難しさがあり、同国での採用活動にはそのような文化的背景へ理解が不可欠となる。今回の記事では、こうした厳しい韓国の事業環境と採用市場の実態を整理し、人材紹介会社としての視点で韓国労働市場を分析する。

サムスン社依存経済と中国の台頭

韓国で経済を語るとき、よく「国の屋台骨がサムスン」という言葉が持ち出される。それほどまでに、韓国において、サムスンというアジア最大級の財閥が国全体の産業構造や輸出競争力を牽引してきた。日本で例えるなら、「トヨタ社が全国民の食を担っているようなもの」と考えると、その影響力の大きさが理解しやすい。
しかし近年、サムスン社の業績が悪化し、市場は不透明感を強めている。直近で見ても2025年第2四半期(4~6月)の前年同期比の営業利益は同5兆8,000億ウォン減の4兆7,000億ウォン。半導体部門においてはなんと営業利益94%減という数字をたたき出している。これで2四半期連続での減益となり、サムスンが非常に厳しい状況に立たされていることは言うまでもない。

韓国経済の屋台骨が揺らげば、必然的に他の産業や雇用市場にも波及し、企業の採用活動も慎重にならざるを得ない。 さらにこの構図を複雑にしているのが中国の存在である。かつては他国の模倣者に過ぎないと見られていた中国企業が、今や高い技術力と品質を備え、圧倒的な量産能力を背景に市場を席巻し始めている。国策による支援も手厚く、半導体や電機・電子など韓国の強みとされてきた分野でさえ、中国の追い上げは脅威となっている。市場の声の中には、今後5年以内に韓国産業の一部は完全に中国に奪われるという悲観的な予測すら聞かれている。

歪む労働市場と人材の二極化

こうした外部環境の変化に直面しつつ、韓国の採用市場は独自の課題も抱えている。まず特徴的なのは、新卒市場の脆弱さである。日本では新卒一括採用が根付いているが、韓国にはその仕組みが存在しない。大学卒業後、男性は徴兵義務を終えてから、語学スキルや国家公務員資格の取得、またはインターン経験を積む就職浪人期間を経て、20代後半になってようやく就職活動を始める。
さらに内定獲得までの平均期間は約11カ月と、長期戦を強いられる現実があり、大学卒業者のうち正社員として安定的に職を得られるのは70%程度に過ぎない。結果として成人後も親と同居し、親から経済的援助を受けて生活している若者層=カンガルー族なども社会的な問題になっている。

加えて韓国は極端な学歴社会であり、こうした社会文化的要素も若手人材の採用市場に影響を及ぼしている。若者は「メンツのために」大学へ進学する(させられる人もいる)一方、社会はその人材を吸収できないという矛盾が生じているのだ。韓国銀行の分析においても、目線に合う良質の雇用の不足というミスマッチ現象が、若者が自発的に労働市場を離脱する主な要因として作用していると解説されている。

韓国の統計庁が今年6月に発表した「5月の雇用動向」によると、職に就いているわけでも失業しているわけでもない状態にある、20代(20~29歳)の非経済活動人口は、前年同月と比べ1万2千人(3.3%)増加している。また、韓国雇用情報院によれば、2025年第1四半期現在で20代の非経済活動人口は約42万人で、2010年以降で最大規模となっている。20代人口に占める割合で見れば7.3%と、10年前の同期と比べ2.6ポイント上昇している。この割合が7%を超えたのは今回が初めてである。
なお、この非経済活動人口は、就労・失業の状態にないというだけでなく、さらにその中でも調査基準日直前の1週間に家事、育児、学業、病気などの特定の理由もなく働いていないと答えた人を指している。つまり、「単に」休んでいる状態であり、求職活動をしているにもかかわらず仕事が見つからない「失業者」とは異なり、単純に「休んでいる」若者がこれだけ大量に存在しているということを指す。

もう一つ、キャリアの出口もまた特異だ。韓国では多くのビジネスパーソンが50代で企業を「卒業」する。中央日報の記事によると、「45歳定年時代が訪れている」とも言われている。これはどういうことかと言えば、名誉退職制度と呼ばれ、経営陣以外の中高年層は残留できない仕組みになっているのだ。同記事では韓国統計庁のマイクロデータの分析も掲載されているが、2024年6月末基準で、過去1年以内に退社した40~50代の失業者のうち、「非自発的」失業者が占める割合は50.8%となったと報じている。2014年の42.3%から10年間で8.5ポイント増、全年齢層で非自発的失業者が占める割合の44.4%より6.4ポイント高い数値である。

図:主な職場の平均退職年齢の変化(55歳~64歳対象)

非自発的失業は職場の休廃業、名誉退職・早期退職・整理解雇、臨時・季節雇用終了、「仕事がない」または、事業不振などの理由で退社した場合にあたる。言い換えれば40~50代の失業者の半分が意思と関係なく仕事を辞めたということになる。
そうした形で企業から追い出された人材がどういう道をたどるかというと、自営業に転じる例が多く、最近では無人コンビニなど小規模事業を営む姿もよく見られる。若者が就職できずに社会参加が遅れる一方、中高年は比較的早期に第一線を退くという構図が、韓国の労働市場を大きく歪ませている。

業界の特徴と採用市場

また、大学卒業資格を持つ人材は、建築や水産、運輸といった現業分野は敬遠する傾向にあり、代わりに海外人材(特に中国系)の労働者が重要な役割を担っている。しかし人材の供給は十分ではなく、結果として韓国社会は、労働力不足を補うおうと急速な自動化を進めており、公共交通や小売業では無人化が加速。経営者は、いかに人材を使わずに売り上げを上げるかという思考に変わってきている。

現業分野が省人化に注力する一方で、先端分野ではまた別のトレンドが生まれている。アマゾンウェブサービス(AWS)とリサーチ機関Strand Partnersが、企業のリーダー1,000人と一般人1,000人を対象に実施した韓国内AI導入現況調査によると、韓国企業の48%がAIを導入していると回答している。だがその実、全企業の43%が「デジタル人材の不足」がAI活用拡大において最大のネックになっているとも指摘している。急速にニーズを拡大するAI分野ではあるが、最適な人材が足りないのである。韓国では国内AI人材の海外流出が深刻化しているとの報道もあり、こうしたAI人材への熱視線はしばらく冷めることはないだろう。

また半導体産業においても優秀人材の確保による技術競争力の強化が叫ばれ続けているが、韓国はグローバル競争の激化に加え、人口減少などの要因により、半導体人材の確保に難儀している。こうした状況を受けて、韓国政府は2022 年に「半導体関連人材養成方案」を策定。政府省庁が連携して全方位的な人材育成を推進している最中だ。結論、こうした先端分野では限られたハイスペック人材に極めて高い報酬を支払う動きが強まっており、人材市場は二極化の様相を呈している。

人材紹介会社の活用

このような複雑な韓国の採用市場において、各企業の経営者が考えるべきは「いかにして、優秀な人材を厳選に厳選を重ね、確保するか」ということだ。韓国では求人媒体や知人紹介が転職時の主要なチャネルとなっているが、仕事そのものが限られ、優秀な人材の流動性に乏しい現状では、従来のやり方だけでは最適な採用に辿り着くことはできない。そのため、当社のような企業と候補者の両方をコンサルティングする人材紹介会社が、最適な人材紹介の一助になると考えている。

韓国社会において「転職はキャリア形成の手段であり、年収を高めるための当然の行為」と受け止められており、転職を通じて専門性や待遇を高めていくことがキャリアの常識となっている。実は韓国では人材紹介業がまだ十分に産業として認知されていないのだが、潜在的な需要を支えることになると考えている。
人材が企業経営者にとって重要な資産であると同時に、韓国市場では最も確保が難しい資源となりつつある。就職を遅らせる若者、早期に職場を離れる中高年、増加するカンガルー族、そして労働力不足を補うための急速な自動化。これらの要素が絡み合う市場で、優秀な人材はよりその価値を増してくる。

アジア・マーケットレビュー」2025年10月15日号 掲載記事

この記事の担当コンサルタント

加藤 将司

JAC Recruitment Korea Managing Director

上海師範大学卒業後、大手人材サービス会社での人材採用業務、ベトナム人材紹介ビジネスの立上げを行う。2012年 JAC Recruitment Vietnam の立上げを行うためJAC Recruitment Singapore に入社。主に日系ベトナム法人向けに管理職層を中心とした人材紹介を行うとともに、Managing Directorとして、ホーチミン、ハノイの2拠点のマネジメントを行った。2018年に日本に帰国し、日系企業の海外事業要員採用に関するコンサルテーションを行う。 現在は、JAC Recruitment Korea Managing Director を務める。

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